この世の最高の贅沢は、ムダなことを一生懸命やること。

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この世の最高の贅沢は、ムダなことを一生懸命やること。

こんにちは。中村ひろきです。

先日こんなツイートをしました。

意味はそのまんまです。想像してください。

観たことのない映画の、ロケ地を巡る旅です。

映画を観た人たちでにぎわうロケ地で、ひたすら立ち尽くす以外にすることがないぼく。

天地を揺るがすほどにシュールです。

でも、そんなくだらないことに時間を消費したとき、最高の贅沢はコレだなと思ったのです。

明日の生活が保証されていなかったら、ムダなことに時間を費やしてる暇なんてないですからね。

 

フィンランド人にみるムダの美学

ぼくはかもめ食堂というフィンランドを舞台にした映画が大好きです。

その映画の中で、ふらっとフィンランドを訪れた日本人がつぶやく場面があります。

「エアギター選手権、嫁背負い競争、携帯投げ選手権、サウナ我慢大会。こんなことを一生懸命やる人達って、いいなぁって思ったんです。

どこかスコンと抜けているというか、妙なしがらみが全然なさそうで。人生がゆったりしてて。」

 

たとえば明日食べるものがなかったら、ギターを弾くマネなんてしている場合じゃありません。

ムダな動きをすれば体力を消耗してしまうし、うかうか昼寝をすることすらできない。

全ての時間は「食料調達」のためのものになってしまいます。

「ムダ」に注力することは、心身ともに満たされてないとできないんだなぁと。

 

そういえば、こないだ1日2時間しか働かない友人とゴハンを食べた時に、友人がこんなことを言っていました。

「時間と場所に縛られない生活をしてる仲間と、ウガンダで待ち合わせる約束をした」と。

ぼくはびっくりして、こう言い返しました。

「ウガンダ集合ウガンダ解散!?」

聞くところによると、ウガンダであることに特別な意味はないらしい。

意味もなく、友達とウガンダで待ち合わせる。こんな贅沢なことがあるでしょうか。

「観たことのない映画のロケ地巡り」で得意になっていたぼくも、さすがに完敗と言わざるを得ませんでした。

 

まとめ

今年4月オープン予定のロップ家も、ムダであふれた場所にしたいなぁと思っています。

それは、使わない物を多く所有している物質的なムダではなく、精神的なムダのこと。

物も仕事も飽和状態の現代にほんとうの幸せを感じられる人は、いつでも心に余白がある人だと思うのです。

 

 

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