28歳で全財産1900円だったぼくが1年間で160万円貯金できた唯一の理由

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28歳で全財産1900円だったぼくが1年間で160万円貯金できた唯一の理由

 

こんにちは!中村ひろきです。

ぼく、高校時代に衝撃だった出来事があったんですよ。

電車の中で幼馴染の男友達とバッタリ遭遇して、久しぶりに喋ってたんですよ。

で、なにげなくその友達に趣味を尋ねたら、こう答えたんです。

「趣味は貯金かな。」

で、高校生ながらぼくはこう思ったんですよね。

(なんだこいつクソつまんねぇぇええ!!!)

思わず吹き出しそうになったのを今でもハッキリと覚えています。

 

「貯金」という概念くんが存在しなかった

ぼく、いろんな経験をさせてくれたり遠くに連れて行ってくれるお金が大好きなんですよね。

だから、そのお金を「使わずに眠らせておく」ことの意味が本当にわからなかったんですよ。

親から「貯める目的が無くても、少しは貯金しておくものよ」と通算800回くらい言われると、そのたびに「貯めたい目的ができたら貯めるよ!」と言い返していました。

そしたら、28歳のときに全財産が1900円になっちゃったんですよね。たった数年前の話です。

このとき「貯金したいのにできない」という状況だったら、かなり深刻に悩んだと思います。

でも、ぼくは一切悩まなかったんですよ。だってそもそも貯金という概念が無かったから。

「ま、そうなるわな・・・(笑)」という感じでした。

 

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必要なのは「手段」ではなく「目的」だった。

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ぼく、19歳のときに父親からもらった誕生日プレゼントが「金持ち父さん貧乏父さん」って本だったんですね。

言わずと知れた不動産投資のバイブル本です。

それから、不動産投資に興味を持ったのですが、20代は常に今月分の収入=全財産みたいな生活だったので、投資のスタートラインに立つことすらできませんでした。

そして、28歳のときに全財産が1900円になって窮地に立たされたときに、めちゃめちゃ悔しくなって、歯もギリギリギリみたいな音が鳴って、

「やったろうじゃねえかぁぁぁああ・・・」

って青い炎が身体中からほとばしるようになりました。

このとき「1軒目の物件を買う」という明確な貯金をする目的が誕生した瞬間、ぼくの中のすべてが動き始めたのです。

そして、エクセルで徹底管理しながら、下の表の通りに160万貯めることができました。

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徹底管理したわりには超低クオリティなんですが、それはちょっと置いといてください。

とにかく、ぼくが1年間で160万円貯金できた唯一の理由は「1軒目の投資用物件を買う」という明確な目的ができたからに過ぎません。

目的がキッチリ定まれば、方法やノウハウなんていらないんですよ。

全身全霊の意識がそっちに向かうので、脳が勝手に必要な情報を集めてくるようになります。

方法やノウハウにこだわる人に限って、目的がないまま貯金に最適なアプリやツールをいくつも試すことに時間を浪費しがち。

こんな小学生でも作れるエクセル表でも160万貯めれるんですよ。

「手段」にこだわるデメリットはまだあります。

それは「ワクワクしない」ということです。これはすごく重大な問題です。

ぼくは明確な目的が決まって1年間で160万貯まりましたが、目的の無いうちから「月3万貯めて、4年ちょっとで160万貯める」こともできたでしょう。金額は同じです。

でも、ぼくがもしこの方法で貯めてたら、毎月すごくネガティブな気持ちで貯金したに違いありません。

まるで給料から天引きされているような損な気持ちで、ため息まじりにしぶしぶ3万円を手放していたと思います。

これって全然健康じゃなくね?

上の表の軌跡を残して貯金できた1年間は、すげえワクワクする感じで毎月貯金できたんですよね。

「いっけぇぇえええ!!!」とか叫びながらタンスに札束を突っ込んでいました。

 

一事が万事

で、これはきっと、貯金に限ったことじゃないんですよね。

「どうやったら痩せるかな?」とか聞いてくるアラサー女はたいてい「痩せる目的」が曖昧なパターンだし、「世界一周行きたいんだけど、どうやったら行けるかな?」と聞いてくるヤツは「大してそんなに行きたいと思ってない」人だから、

“まず目的を明確化しろよぉぉぉおおお!!!”

というフレーズを連呼したい気持ちでいっぱいです。

そいではまた。

 

▼ ぼくの20代を詳しく知りたい方はこちらです。

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